冬の夕空
  記憶の扉 前編

「次の赴任地も寒いトコだな。暖かいトコのが女の子が薄着でいいんだけどなぁ」
 荷造りをしている僕に、レオンが端末の画面を見ながら声をかけた。僕は答える。
「べつにどっちでも」
「ふむ、正しいな。どっちにもかわいい女の子はいるだろう」
 レオンは真面目な顔で答えた。
「僕らのしていることは正しいんだろうか」
 ふと思いついたことを言ってみた。
 レオンは端末の画面を閉じ、僕の肩をポンと叩いた。
「どうしたんだ? 疲れてるのか? そういえばあのケーキ屋の娘……、ちゃんと消したのか?」
「消したよ」
「ならいいが……。少しのあいだ学校に戻るか? ミシェルが指導すれば後輩たちは喜ぶだろう」
 思いのほか真剣にとられてしまったようだ。僕は軽く笑顔を作って答える。
「いや。だいじょうぶ。ちょっと思ったことを言ってみただけ。次にいくところはチョコレートが美味しいらしいよ」
「へー、そうなのか。じゃあ楽しみだな」
 そう言ってレオンは僕ににっこりと笑いかけた。
 レオンは僕を心配しているのだろう。そんな必要ないのに。
 あのケーキ屋の娘……マリィと別れたあのときはさすがに感傷的な気持ちになった。
 だけどすべてが終わると僕は思った。
 しかたがないんだ。

 新しい赴任地はまだ冬だった。前の町が少しずつ春っぽい空気になってきたところだったのにまた逆戻りだ。新しい部屋から町を眺めてみる。どこへ行ってもたいして代わり映えしないな。人の住んでいるところというのは。
「チョコレート屋ばかり並んだ通りがあったよ。行ってみる?」
 町の様子を見に出かけていたレオンが帰ってきて僕に声をかけた。
「うん。教会は?」
「みつけたよ。後で行こう」
 僕らはいっしょに町へ出かけ、適当な店で買い物をした。レオンは教会の前で僕に言った。
「じゃあ俺はちょっと約束があるから」
「もう?」
「適当にメシ食って寝ろよ。それじゃーな」
 そう言って手を振り楽しそうに町に消えた。僕は教会で願いごとを拾い、部屋に帰った。

 毎日がただただ過ぎていった。たいした仕事はなかった。それもいつもどおりだ。どこへ行ってもたいして代わり映えはしない。
「どの店のチョコレートが美味しいの?」
 ある日、レオンが僕に聞いた。僕は少し考えて答える。
「そうだな……。まだあまり食べてない」
「どうして?」
「どうしてって言われても」
「ふうん……」
 どうしてだろう?
 午後、チョコレート通りに出かけてみたが特に欲しいものはなかった。教会で願いごとを拾ってみたが、こちらにもやはりおもしろそうなものはなかった。教会を出ると外は少し薄暗くなっていた。西の空がきれいな桃色だった。僕はその空をしばらく眺めた。
 次の日も、その次の日も、ただただ過ぎていく。
 だんだんと夜眠れなくなってきた。僕は早朝近くに眠り、昼過ぎに目覚めるようになった。仕事は面倒なのでしなかった。図書館で本を借りていたが読まずに置いてあった。
 ある日、目が覚めるともう夕方だった。部屋の窓を開けると透明な冬の夕空がひろがっていた。僕は空の色が変わるのを眺めた。気が付くと暗くなっていた。そして僕は泣いていた。
 僕のいない世界に行きたくない、とマリィは言った。
 僕はいま、マリィのいない世界にいる。

 僕は酒を飲んで眠るようになった。
 通常、僕は夜眠っているとき夢は見なかった。まったく見ないということはないのかもしれないが覚えていなかった。僕が覚えていないというのならそれは見ていないのだろうと思う。僕には見たものをすべて記憶する能力があるからだ。
 ただ、酒を飲んで眠ったときは少し違った。酒を飲んで眠るとそこには扉があった。扉を開くと、そこで過去に経験した出来事を見ることができた。子どものときレオンとふざけて酒を飲んだときにそれに気づいたが、起きているときにでも似たようなことはできるのであまり気にしていなかった。
 だけど僕はいま起きていたくなかった。ずっと眠っていたかった。だから僕は酒を飲んで眠り、扉の前に立った。そしていつも同じ場所に行く。
 それはマリィが熱を出して寝ていたあの日。マリィが床にケーキをぶちまけて僕に怒った翌日だ。
 僕はあの日、マリィの部屋に行った。マリィは風邪薬を飲んで眠っていた。よく眠っているようなので僕は起こさないで帰ってきた。というよりも、僕は怖かったのだ。彼女は僕に対して自分の言葉で怒っていた。僕はその言葉に答えられなかった。
 しかたがない? 大儀のため? 僕のしている仕事はそんなたいそうなものなのだろうか……。
 とにかく僕は扉を開けてマリィの部屋へ行く。彼女は眠っている。僕もそこでいっしょに眠った。
 だんだん酒を飲んでも眠れなくなってきたので、薬屋に睡眠薬を買いにいった。部屋に帰ってくるとリビングにレオンがいた。
「ひさしぶり」
 レオンにそう声をかけられる。僕は答える。
「そうだっけ?」
「そうだよ。おまえずっと部屋から出てこないじゃないか」
「なんか仕事するのが面倒で」
「べつに仕事なんかしなくていいけどさぁ……、外に出ろよ。毎日、部屋から出ないで酒飲んでるのはやばいだろ」
 だんだん話すのも面倒になってきた。
「酒ぐらいレオンだって飲むだろ」
「飲むけどさぁ……。そうだ、いっしょに飲もう。適当に女の子をひっかけてやるから今夜は楽しくやろう」
 そう言ってレオンは楽しそうに僕の腕を引っ張った。僕はその腕を振り払って言った。
「ほっといてくれよ! レオンみたいに誰でもいいってわけじゃないんだ!」
 レオンは僕の顔をじっと見た。そして言った。
「わるかった」
 ちがう。悪いのは僕のほうだ。
 だけど僕は何も言えず自分の部屋に戻った。そして酒と薬を飲んで眠り、いつもの扉を開けた。
 僕はベッドの横に座り、マリィの寝顔をしばらく眺めた。そしてそこで眠ろうとしたがなかなか眠れなかった。睡眠薬を持ってくればよかった。ふとテーブルの上に置いてある風邪薬が目に入った。これを少し借りてみよう。僕は風邪薬を飲み再びベッドの横に座り、マリィの寝顔を眺めた。だんだんと気持ちよくなってきた。少し眠れそうだ。僕は目を閉じた。
 
「ミシェル! ミシェルぅ……」
 声が聞こえて目を覚ますと、ベッドの上でマリィが泣いていた。僕はマリィの顔をぼんやりと見上げた。これが夢というものなのだろうか……。僕が目を覚ましたのに気づくと、マリィは泣きながら話し出した。
「ごめんね……、ミシェル。わたし……」
 僕は立ち上がった。足元が少しふらついた。そしてマリィを抱きしめた。
「ちがうんだ……。悪いのは僕のほうだ……」
「ミシェル……」
 マリィは身体を震わせて泣いた。僕も胸の奥が痛くなった。彼女の身体はとてもあたたかかった。夢というのはこんなにもリアルなものなのか……。しばらく泣いて彼女は少し落ち着いてきたようだった。僕は彼女の髪をなでた。僕の顔を見上げて彼女は言った。
「お酒のにおいがする……。ミシェル、お酒飲むの?」
「最近、飲むようになった」
「知らなかった」
 そう言って彼女は少し笑った。僕も少し笑った。僕は彼女のことをとてもかわいいと思った。
「マリィ、好きだよ」
 僕がそう言うと、彼女は笑った。
「酔っ払ってるの?」
「酔っ払ってるけど本当なんだ」
 僕がそう答えると、彼女は少し恥ずかしそうにうつむいた。そして僕の顔を見て言った。
「わたしも好き。ミシェルのことが好き」
 僕は再び彼女を抱きしめた。そして僕たちはキスをした。

 僕は彼女の着ているものを脱がした。そして自分も脱いでベッドに入った。彼女の身体は少し熱かった。僕は彼女の身体に頬をあてて聞いてみた。
「少し熱がある。大丈夫?」
「うん、薬飲んで寝たから少しラクになった。風邪……うつっちゃうかな?」
 彼女は心配そうに僕の顔を見た。
「うつってもいいよ」
 僕は彼女の唇に舌を差し込んだ。やわらかい唇の中はとろけるように熱かった。僕の舌の先で彼女の舌が動く。舌がどこかにふれるたびに僕の身体も熱くなった。唇をそっと離すと彼女は少し名残惜しそうな目で僕の目を見る。僕は再び彼女の唇をふさぐ。右手で彼女の胸にふれる。やわらかい肌が汗ばんで少ししっとりとして手に吸い付くようだ。僕は唇をもう片方の胸に移動させる。乳首にそっと吸い付き、舌で転がす。
「ん……、あん……」
 唇が自由になった彼女は小さくあえぎ声をあげる。かわいい……。僕は彼女の頬に頬ずりし、右手を下に移動させる。彼女のそこは熱く、かなり濡れていた。
「濡れてる」
 僕は彼女の耳元でささやく。
「……うん」
 恥ずかしそうに彼女は答える。濡れているところに少しだけ指を入れて動かしてみる。彼女は僕の腕をぎゅっと握ってあえぎ声をあげ始めた。
「あっ、あん……。んっ、あん……」
「気持ちいい?」
「うん……、きもちいい……」
「僕ももう我慢できない。いれていい?」
「うん……、いれて……」
 僕は彼女の唇にふれるだけのキスをする。そして僕のものを彼女の濡れているところにあてがい、そのままいれた。彼女の中はとても熱く、やわらかく、動いていた。僕はその感覚に気が遠くなりそうだった。僕は彼女の手をぎゅっと握る。
「あっ……、ああん、ミシェルぅ……」
「……ん?」
 僕は彼女の口元に耳をよせる。彼女は目を閉じたままうつむいて恥ずかしそうに言う。
「あの……、えっと、あれ……、つけてなくない?」
「うん、なにもつけてない……」
「えと……、だいじょうぶなのかな……」
 そう言って僕の目をちらっと一瞬だけ見る。僕は彼女の髪にキスして言う。
「結婚しよう」
「なっ……! なんて?」
「結婚しよう。もう僕はマリィ以外の誰かを好きになるとは思えない」
 彼女は顔を真っ赤にした。そして言った。
「こんなときに……。ずるいよ……。断れないじゃん」
 僕は彼女の目をのぞきこんで聞く。
「断るの?」
 彼女はちょっとだけすねたような表情をして言う。
「断らないよ……」
「よかった……」
 僕は彼女の身体をぎゅっと抱きしめた。
「普通言わないよ、こんなときに……。もう……」
 マリィは泣き出してしまった。僕は彼女の髪をそっとなでる。
「あのね……」
 僕が声をかけると彼女は涙のたまった瞳で僕を見た。
「あんまり中、動かさないで。出ちゃう……」
 僕がそう言うと、彼女はまた顔を真っ赤にした。
「動いちゃうの! もう、ばかぁ……」
「ごめん、ばかで……。ていうかもうだめ……」
「うそ……? 熱い……。これ……?」
 僕はマリィの中に全部出した。
「ごめん……、出ちゃった……」
「もう、やだぁ……。ばかぁ……」
 彼女は再び泣き出した。僕は彼女の鎖骨あたりに軽く頭をのせた。

「怒ってる?」
 マリィが泣き止んだので、僕は彼女の中にいれたまま聞いてみた。彼女はわざと冷たく答える。
「べつに。あきれてるだけ」
「このままもう一回してもいい?」
「どうしよっかなー」
 彼女は僕の顔を見てフフッと笑う。僕は彼女の唇にキスする。舌をそっと差し込む。ゆっくりと舌を動かすと彼女の息が熱くなってくる。下のほうもゆっくりと動かしてみる。彼女の唇から声がもれる。僕は唇を離し、彼女の目をみつめる。
「ずるい」
 潤んだ瞳で彼女は言った。

「あっ、あん、やっ、だめっ、いっちゃう……」
「うん……」
 マリィは僕の腕をぎゅっと握り、身体を震わせた。僕は彼女の耳元でささやく。
「きもちよかった?」
「はぁっ、はぁっ……。うん……、きもちよかった……」
「もっときもちよくしてあげる……」
「えっ? やっ、あん……」
 僕は彼女の中でまたゆっくりと動かす。彼女の中はぎゅうっとしまっている。
「あっ……。やん……。うそ……、すごい……。やだぁ……」
 彼女はまた少し泣き出しそうになる。僕は彼女の肩をぎゅっと抱き耳元で言う。
「だいじょうぶだから。ね、感じて」
「あ……、あ……。いっちゃう。またいっちゃうぅ……」
「うん……」
 僕はマリィに頬ずりした。僕の腕の中にいるマリィがかわいくてしょうがなかった。唇にキスしながらまた少し動かした。
「あ……、だめ。もうだめ。ほんとにだめ……」
「もうちょっとだけ……」
「だめ……。やだ……。もうやだぁ……」
 マリィは子どもみたいに泣き出してしまった。僕はあわてて彼女の髪をなでた。
「ごめん。ごめんね……。やりすぎちゃった」
「うん……。ほんとに死んじゃうかと思ったぁ……」
 マリィはちょっと恥ずかしそうに笑いながら言った。
 僕は……。
 僕の目から涙がこぼれて彼女の顔に落ちた。
「えっ? ミシェル? なに? どうしたの?」
 マリィがびっくりした声で言う。僕の目からは涙があふれ続ける。
「……殺したんだ」
「へ?」
「僕が……マリィを殺したんだ……」
「……え?」
「マリィが……僕を忘れて……、他のやつとこれをするのに耐えられなくて……、殺したんだ……」
 マリィはしばらく言葉を失ったように黙っていた。そしてゆっくりと口を開く。
「……わたし死んだの? じゃあここは天国? あ、地獄か」
 そう言って僕の顔を見て笑う。僕は言った。
「ここは……、僕の記憶の中」
「記憶の中……」
 マリィは僕の顔を見て微笑んだ。
「うれしい……。わたしのこと忘れないでね」
「忘れないよ……」
 僕はマリィにぎゅっと抱きついた。マリィは僕の髪をそっとなでた。
 
 マリィは僕のために紅茶を淹れてくれた。
「これをあげる」
 僕は握った手の中から指輪を二つ出した。
「なに? どこから出したの? 手品?」
「……魔術。左手を出して」
 僕は彼女の薬指に指輪をはめた。彼女はにっこりと笑った。
「僕にも」
「うん」
 今度は彼女が僕の左手の薬指に指輪をはめてくれた。
 彼女は手をひろげて指輪をじっと見た。
「きれいな赤い石……」
「ガーネット。一月の誕生石だよ」
「覚えててくれたんだ」
「覚えるのは得意なんだ」
 僕がそう言うと、彼女はうれしそうに微笑んだ。そしてちょっと心配そうに言う。
「12時過ぎたら消えちゃう?」
「絶対に消えない。僕の魔術は本物だよ」
 僕は自信をもって答える。
「そうなんだ」
 彼女はにっこりと笑った。
「僕の話を聞いてくれる?」
 彼女はゆっくりとうなずいた。

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written by nano 2008/02/20

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