悪魔に関する短編 願いは大きく 「ニナ、聞こえているのだろう? 無視するなよ」 少女は困っていた。すごく困っていた。 ここは、とある保育園。少女はコマのような形をした変なおもちゃをみつけた。だけどそのコマは回らなかった。何度もていねいにひもを巻いて投げたが回らなかった。 そして気がつくとまわりにいたはずのお友達がいなくなっていた。代わりに変な男が目の前に現れ、自分に呼びかけている。少女は目の前にいる男に必死で気づかないふりをしていたが、名前を呼ばれてとうとう耐え切れなくなった。 うつむいたまま小さな声で少女はつぶやいた。 「知らないおじさんと話しちゃダメだってママに言われてる……」 男はちょっと不満げに口をとがらせる。 「まず僕はおじさんじゃない。そして君は僕のことを知っていると思う」 少女は男をじっと見た。黒いコートを着た整った顔立ちの男。男は少女に微笑みかける。少女は何かに気づいたようだ。うれしそうな顔で言った。 「タキシード仮面?」 男は首をかしげた。 「よくわからないが……、タキシード仮面というからにはそいつはタキシードを着てるんじゃないか? 僕はタキシードを着ていないし仮面も持っていない」 「違うのか……」 少女はがっかりしたようだ。男は機嫌をとるような声で話しかける。 「僕は悪魔なんだ。君が僕にたましいをくれると約束してくれたら願いごとをかなえてあげる」 「たましいって何?」 「普通は説明しないが、君はまだ小さいから教えてあげよう。あって邪魔ではないが、なくても平気なものなんだ」 少女は男の顔を見上げてじっと話を聞いていた。そして言った。 「盲腸みたいな?」 それを聞いた男は少し驚いた表情をしてから微笑んで言った。 「すばらしい。君はそんなに小さいのに難しいことを知っているんだね」 少女はちょっと照れくさそうに、はにかんで言った。 「うさぎちゃんが盲腸になったの」 「うさぎが盲腸に? まあ少し説明しただけでそこまで理解できるのはさすがだ。さあ、何を願う?」 少女は頬に手をあて首をかしげて考え込んだ。そしてちょっと恥ずかしそうに話し出した。 「あのね……、ママね、保育園のお迎え来るのいつも遅いから……、もう少し早く来て欲しいの」 男は首をかしげ、にっこりと少女に笑いかける。 「遠慮するなよ。それは本当の願いじゃないだろ? 僕は魔術学校を首席で卒業したんだ。もっと大きな願いをかなえてあげられる」 少女はちょっと困ったような表情になり、独り言のように小さな声でつぶやく。 「でも……ママが……ママが働かないと……ニナがごはん食べれないんだよって……」 少女は男の目をそっとのぞきこむ。男はそっと微笑みうなずく。少女はおずおずと話し出す。 「ママが……働かなくてもごはんが食べれるように……」 「了解した。あと二つ願いをかなえてあげることができるが、それはもう少し君が大きくなってからにしよう。僕の名前はミシェルだ。ミシェルにたましいをあげる、と言って」 「ミシェルに……たましいをあげる」 「ありがとう」 男は目を細めてうれしそうに微笑んだ。少女も微笑んだ。 「ちなみにこのコマはこうやって回す」 男は回らないコマにひもを巻きつけ、そのコマを片手で持ったままひもをひっぱった。 外枠の中で円盤が回転している。男がそれを床にそっと置くと、そのコマは大きく傾きながら回り始めた。 「すごい! なぜ倒れないの?」 少女は不思議そうにコマを眺める。男は得意そうな顔で説明する。 「これはね、地球ゴマというものなんだ。ジャイロスコープの原理を使ったおもちゃだ。なぜ倒れないのかは自分で調べたほうがいいな」 そう言って男は少女に微笑みかけた。少女は目を輝かせてうなずいた。 コマを眺めていると、いつのまにか男はいなくなっていた。 「ニナ」 ママが自分を呼ぶ声がする。少女はコマを持ってママにかけより抱きついた。 「いい子にしてた? ニナ」 ママは少女の頬を指でポンポンとつついて、にっこりと笑いかけた。なんだか今日のママはごきげんみたい。少女もにっこりと笑う。 「さあ、おうちへ帰ろうね」 手をつないだとき、ママの指に大きくてきれいな石のついた指輪がはめられているのに気がついた。 「わあ、きれい!」 少女がそう言うと、ママはちょっとだけ恥ずかしそうに、そしてとてもうれしそうに微笑んだ。 「きれいでしょ? ダイアモンドなのよ。あのね、今度の日曜日、ニナに会いたいって人がいるからいっしょにお出かけしようね」 「うん!」 少女もとてもうれしくなった。ダイアモンドはとてもきれいだし、今日のママはそれ以上にきれいだった。 小説 index HOME written by nano 2008/02/27 |