悪魔に関する短編
 なにかフワフワしたもの
 
 あるところに作家を目指す青年がいた。
 この日も青年は机に向かっていた。しかし筆はまったく進まない。青年は深くため息をついた。
「やあ」
 ふと声をかけられ振りむくと、黒いコートを着た金髪の男が立っていた。
「ゆ、幽霊?」
「いないはずのところに人がいたら幽霊? 発想が貧困だね」
 男にそう言われ、青年は腹を立て言い返す。
「普通、こんな昼間に幽霊出るなんて思わない」
 男は軽くバカにしたように笑った。
「そう。僕は幽霊じゃない。悪魔だ」
 青年はしばらくただ呆然とした。そしてブツブツと独り言を唱え、ふと思いついたように言った。
「あれか。悪魔といえば願いをかなえてやるから魂をもらうとか」
「さすが」
 悪魔はにやりと笑った。
「今日は取引の案内に来た。僕に魂をくれるなら3つの願いをかなえてやる」
「3つ?」
「お得だろう?」
 そうなんだろうか? 青年は考えた。
「でも魂を悪魔にあげたら……、僕はどうなるんだ?」
「残念ながら魂に関する説明はカスタムサービスに含まれていない」
 悪魔は澄ました顔でそう言った。
 いくら願いがかなうからってそんなよくわからないものをあげてもいいんだろうか?
 青年はまたブツブツと独り言を言いながら考え込んだ。
 悪魔が言った。
「たとえば有名作家になりたい、とか」
 青年はハッとして言い返す。
「そんな願いかなえてもらわなくて結構。僕の頭の中には書きたいものがいくらでもあるんだ。自分の力でなってみせる」
「なるほど。でも筆は進まない」
 青年はくやしくて歯ぎしりする。
「頭の中にあるイメージ……を文章にする……。そんな才能……」
 悪魔は空中でフワフワしたものを両手でつかむようなしぐさをしながら言った。
 目の前にはっきりと見えているのにつかめない……。
 青年が机に向かうたびに感じていたことだ。
 その才能を手に入れさえすれば……、いくらでも書ける気がする!
 青年は考えた。
 そして決心して言った。
「いらない。僕は自分の力で作家になるんだ」
 悪魔は軽くため息をついた。
「わかった。取引は不成立だ」
「ちょっと待って! 取引が成立しなかったらどうなる? 正体見たから殺されるなんてことになったらたまったもんじゃない」
「そんなことはしない。君の時間を少し元に戻すだけだ。君が真っ白の紙にただ向かっていたあの時間にね」
 悪魔はにっこりと微笑んだ。
「じゃあこの記憶は……」
「なかったことになるんだ」
 青年はふうんとうなずいた。そして楽しそうに目を輝かせた。
「じゃあ何か話を聞かせて! 本物の悪魔に会えるなんてもう二度とないだろうから」
「悪魔に関する小説でも書くのか? 記憶は跡形もなく消えてしまう」
「それでもいいんだ。聞いてみたい。だいたい一方的に出て来て、一方的に記憶を消すなんてひどい」
「こんなところでムダ話してる暇なんてない」
「時間を元にもどせるのに?」
「君の時計は元にもどるが、僕の時計はもどらない」
「ふうん……。あ、もしかしてまちがって消し忘れがあったりしたら困るから?」
 青年は悪魔を怒らせてみたかった。しかし悪魔は冷静に答えた。
「そんなことは絶対にない。まあでも少しなら質問に答えていいよ。3つだ」
「3つ……。適当にウソ答えないでよ」
「ウソはつかない」
 青年は考えた。
 悪魔は青年の質問を待った。魂の使い道とか、死後の世界とか……、まあそんなとこだろう。
 青年は口を開いた。
「悪魔さん。見た感じ男に見えるけど……、男?」
 悪魔は首をかしげた。
「そうだ。これ以上答えようないな。次の質問」
 青年は2つ目の質問をする。
「女を好きになったことある?」
「……ある。最後の質問」
「どんな女なの?」
 悪魔は指で下唇をはさみ、うつむいてしばらく考えた。そして言った。
「言葉で説明できない」
 青年は満足した顔で礼を言った。


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written by nano 2008/02/14

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