特殊魔術学校にて 3 忘れないで 特殊魔術学校に入学して3年が過ぎた。 「ただいま」 その日の夕方、部屋で本を読んでいると、朝から出かけていたレオンが帰ってきた。 「おかえり」 机に向かったまま僕がそう答えると、レオンは僕の顔をのぞき込んだ。 「せっかくの休みなのに一日中部屋で勉強? 他になんかやることないの?」 「図書館に行ったよ。部屋の掃除もした」 「へぇ」 僕の返事を聞いてレオンはちょっとバカにしたように笑う。 そして自分の机の前に立つと息を飲んだ。 「これは……」 そうつぶやいて机の上に置いてある数冊の雑誌を指差し僕の顔を見る。 すべてエッチな特集や写真が載っている雑誌だった。 「天気が良かったから布団も干したんだ」 僕がそう言うと、レオンは顔を赤くして言った。 「俺の布団まで干さなくていい! ていうか、こういうのをみつけたら元の場所にそっとしまっとけよ!」 「布団の下に本を保管するのはよくない」 僕がそう答えると、レオン机の上の雑誌をトントンとそろえながらため息をついた。 「だからってこんなふうに机の上に置いとくなよ! まったく……」 そして何か思いついたようにニヤッと笑う。 「おまえもちょっとはこういうの読んだほうがいいんじゃないか? そうだな、まずこのあたりかな」 そう言って、その中の一冊を僕に差し出す。表紙に『写真でわかる初めてのSEX』と書いてある。 「15になれば高等部に進んで女の子と接する機会も増えるし……。まぁミシェルに関係あるかどうかわからないけど」 からかうような口調でそう言い、レオンは僕の顔を見る。 「読んだよ、もう」 僕がそう答えると、レオンは楽しそうに笑った。 「そうなんだ。へぇ……。優等生でもお年頃だもんな。で、どうだった? 感想は?」 「感想……、は特にないけど。せっかくだから一度試してみたいな」 僕がそう言い終らないうちに、レオンはあわてた様子で口を挟む。 「ちょっと待て。おまえまさかそういう相手……いるのか?」 「そういう相手、というか。レオン、僕とちょっとやってみない?」 レオンは僕の顔をしばらくじっと見た。そしてあきれたように笑う。 「おまえさぁ、ちゃんとこれ読んだのか? 読んだのならわかるだろ? 男と女の身体は違うんだよ。 だからできるの。男同士じゃできないの!」 そう言ってレオンはさっきの雑誌を僕の机の上に置いた。 「だけどさ、このあたりならできるだろ」 僕は前のほうにあるページを開いて返す。『女の子を感じさせるキスをしてみよう!』というページだ。 それを見てレオンは鼻で笑った。 「ホントにバカだなぁ、相変わらず。こういうのは好きな人とするんだよ。勉強ばかりしてないで、もうちょっと世間のことを知ったほうがいいよ」 小さな子どもに優しく教えるようにそう言って、レオンは僕の肩をぽんぽんと叩いた。 そして机の上の雑誌を引き出しの奥にしまい、ベッドに寝転んで漫画を読み始めた。 好きな人か……。 僕はあることを思い出し、本棚の中から一冊の本を取り出した。 次の休みの日、また朝から出かけていたレオンが夕方から帰ってきた。 「ただいま……。あっ! その緑色のコーラ……」 僕の机の上に置いてあるペットボトルを見て、レオンがつぶやいた。 「新発売のコーラ・キューカンバ味だよ。飲んでみる?」 僕がそのペットボトルを差し出すと、レオンはそれを受け取りごくごくと飲んだ。 「……なんか微妙」 それだけ言ってペットボトルを僕に返す。椅子に鞄を置きベッドに寝転ぼうとするレオンに僕は声をかけた。 「ねぇ、ひさしぶりに3Dチェスやらない?」 レオンは振り向き、怪訝な顔をする。 「勝てないからもう一生やらない、と泣きながら言ったのはおまえだろ」 「そんな子どものときの話もう忘れてよ。ちょっと棋譜を研究したんだ。試してみたい」 僕がそう言うと、レオンは吹き出した。 「まだ子どものくせに。いいよ相手してやる」 僕はにっこり笑ってデジタル・チェス盤を用意した。 ゲームは僕の有利に進んだ。3年かけて図書館にあるチェスの解説書を全部読んだ甲斐があった。 「のぞいてない?」 レオンは僕の目を見て聞いた。僕は聞き返す。 「何を?」 「頭の中」 「そんなことしないよ。それにそれぐらいのガードはかけてるんでしょ?」 「うん。まぁ……」 最初レオンは僕に負けるわけがない、と自信があったようだがゲームが進むにつれ無口になっていった。 そろそろかな……。 「ダメだ。このゲームは俺の負けだ。今日は調子が悪い」 そう言い捨てて、レオンはリセットボタンを押そうと手を伸ばした。 僕もリセットボタンに手を伸ばし、レオンの手に重ねた。わざと。 「あ、ごめん」 僕はレオンにそう声をかけた。 レオンはしばらく時が止まったかのように、手を重ねたままじっとしていた。 どうやらかかったようだ。僕は心の中でひそかに笑った。 レオンはゆっくりと顔を上げ、僕の目をぼんやりとみつめた。 「ミシェル……。手、こんなに大きかったっけ……」 「もうすぐ14になるんだ。もう子どもじゃない」 僕はにっこりと微笑んだ。なるべく素敵に。 「キスしてもいい?」 僕の目をじっとみつめてレオンは言った。 「そういうのは好きな人とするんじゃなかった?」 僕もレオンの目をみつめてそう言った。レオンはしっかりと僕の肩を抱いた。 「俺っ……、ミシェルのこと好きだっ」 「僕も好きだよ、レオン」 僕がそう言うと、レオンは僕の頬に手を添え僕の目をみつめた。 「キレイな目だね……」 レオンはそっとささやく。素晴らしい、あのマニュアル本通りだ。 「これは子どものときから変わらないよ」 僕がそう答えると、レオンはすこし頬を赤くした。僕はそっと目を閉じる。 レオンの唇が僕の唇に触れた。 やわらかい……。 人の唇ってこんなにやわらかいんだ。 数秒後、そっと唇は離された。 目を開けると驚いた表情でレオンが僕をじっと見て言った。 「おまえ……いったい何をしたんだ……」 「どちらかといえば、したのはレオンのほうだと思うけど」 僕がそう言うと、レオンは顔を真っ赤にした。 「違うっ! そのことじゃなくてっ! おまえ、俺に何をしたんだ。薬か……? わかった、あのコーラだな!おまえがああいうのを真っ先に手に入れるなんてめずらしいと思ったんだ……。くそっ、覚えてろよ……」 僕は人差し指を唇にあて、レオンに微笑みかけた。 「忘れないよ」 僕がそう言うと、レオンは黙って部屋から出て行った。 また別の休みの日。夕方、部屋に帰ってきたレオンが僕の机の上のペットボトルを見て笑った。 「コーラ・ブルーハワイ味だな。そういうのを用意すれば俺が興味持つと思ったんだろ? でも俺も今日買って飲んだよ。おまえにおかしなもの飲まされたくないからな」 そう言ってレオンは鞄の中から青いコーラのペットボトルを取り出した。 「微妙な味だったね」 僕がそう言うと、レオンは「そうだな」と、がっかりした表情でうなずいた。 「ねぇ、また3Dチェスしようよ」 僕がそう言うとレオンはニヤッと笑った。 「一回勝ったぐらいで調子にのるなよ。こないだのお返しをしてやる」 僕たちはデジタル・チェス盤を床に広げ、向かい合った。 この前負けてからレオンも多少研究したのかもしれない。だけどゲームは今日も僕の有利に進んだ。 「はぁ、ダメか。俺の負けだ」 ため息まじりにそう言って、レオンはリセットボタンに手を伸ばした。僕もそっと手を伸ばし、その手に重ねる。 「……」 レオンはぼんやりした瞳で僕の顔を見上げた。僕はその瞳をみつめ微笑み返す。 何も言わず、レオンは僕の頬に手を添える。僕は目を閉じて、レオンの唇が近づくのを待つ。 やわらかな唇が、僕の唇に重なる。そして少しためらいがちに、唇の隙間に舌が差し込まれる。 僕も舌を少し伸ばし、舌先でそっとレオンの舌に触れる。 僕の頬に添えられていたレオンの指が、僕の首筋をなでる。 僕の口の中で二人の舌がからまる。熱くて、やわらかくて……、気持ちよくて……。 突然唇が離された。 「なぜだ……。飲まなかったのに、なんで……」 レオンが僕の肩をつかんでうなだれる。 「いいところだったのに」 僕がそう言うと、レオンは僕をにらみつけた。 「おまえ、俺に何をしたんだっ! 薬じゃないとしたら術か? 何の術だ? どこでみつけた術書だ? 教えろよっ!」 「でもなぁ……、教えたらガードかけちゃうでしょ?」 「あたりまえだっ! 教えないとおまえとは一生口聞かないぞっ!」 そう言われて仕方なく、僕は本棚から一冊の本を取り出しレオンに手渡した。 「え? なんだよ、これ……。教科書じゃないか」 僕はページをめくり、その場所を示した。今年度の後期に習う部分だ。 「こんな……。こんな簡単な術で……。あんなこと……、二度も……」 「あ、これじゃなくて。こっちのほう」 僕はレオンが見ていた『人心を操る術』のひとつ手前のページ、『深層心理を引き出す術』のページを指差した。 それを見てレオンは顔を真っ赤にした。 「嘘だっ! そんなはずないっ! ああっ、もう……、返せよ、俺の……。ていうかなんで操られてたのにあんなにはっきり覚えてるんだよ。いっそのこと全部忘れたい……」 レオンは独り言のようにそうつぶやいた。 「忘れさせてあげようか?」 僕がそう言うと、レオンは顔を上げて僕の目を見た。僕はにっこりと微笑んで続ける。 「僕に一生服従することを誓うのなら」 レオンは黙って部屋を出て行った。 その後、一月ほどレオンは僕と口を聞いてくれなかった。ちゃんと教えたのにひどいと思う。 Continued. 前の話 小説 index HOME written by nano 2008/07/21 |