graduation
この道を、この制服を着て歩くのは今日が最後。 そんなことをただぼんやりと考えながら私は3年間歩き続けたその道を歩く。 今日は中学校の卒業式だった。 でも卒業したからって、ほとんどの友達が地元の高校に進学するし特にお別れって感じでもない。 卒業式で泣いたりするのって漫画やドラマの中の話なのかな。高校の卒業式だとまた違うかもしれないけど。 だけどみんなと別れて一人で歩いていると「ああ今日で最後なんだな」と、なんとなく感慨深い気持ちになった。 帰り道の途中、神社の鳥居につながる石段に座っているナオに気づいた。 ナオは私の幼なじみの男の子。子どものころからテレビに出る人になるのが夢って言ってた。 そして去年の夏、ある雑誌のコンテストがきっかけで芸能事務所にスカウトされ、この春ひとりで東京に引越すことになった。 そっか、ナオは遠くに行っちゃうんだな……。 ちょっと寂しい気持ちになったけど、ずっと前からわかってたことだから……。 私は笑顔を作ってナオに手を振った。 「ナオ、どうしたの?」 私がそう声をかけるとナオはにっこり笑って立ち上がる。 「ユウちゃん待ってたんだ。渡したいものがあって」 そう言ってナオは学生服の上から2番目のボタンをはずし、私に差し出した。 「これ……、もらってくれる?」 第2ボタン……。 ナオはそれまでも地味にモテてるみたいだったけど、雑誌に載ってからは後輩や隣の学校の子までもがわざわざ見に来たりするちょっとした有名人だ。 だから第2ボタンを欲しいって子、他にもいたんじゃないかな。 「わたしがもらっていいの?」 私がそう言うと、ナオはにっこりと微笑んだ。 「うん。ユウちゃんにもらって欲しいんだ」 「ありがとう。大事にするね」 私はうれしくて、そのボタンをギュッと握った。 「ナオ、東京行っちゃうんだよね……」 私がそう言うと、ナオはなんとなく言い訳するようにあわてて話し出した。 「うん……。でも俺、電話とかメールとかいっぱいするから……、ユウちゃんもメールしてね」 「うん。いっぱいメールする」 私がそう返事すると、ナオはちょっと安心したように微笑んだ。 「でも東京で生活するなんてうらやましいなあ。私も大学は東京のほうに行こうかな」 私がなんとなくそう言うと、ナオはうれしそうな表情で私の顔をのぞき込んだ。 「ホント?」 「え? まあ受かればだけどね」 私がそう返事すると、なぜかナオが自信満々に答える。 「ユウちゃんなら絶対大丈夫だよ! 俺、応援してるね」 私はちょっと笑ってしまった。 ナオはいつもこんな感じで私を励ましてくれる。 高校受験のときも「ユウちゃんなら絶対大丈夫だから」って。何を根拠に言ってるのかはよくわからないけど……。 「ありがと。ナオのほうこそこれからいろいろ大変だろうけど……、がんばってね」 「うん……」 ナオはちょっと寂しそうにうなずいた。 やっぱりいくら夢だったからって家族や友達と離れて暮らすのは寂しいよね。 私も……、やっぱり寂しい。 なんとなく地面に目を伏せると、ナオに声をかけられた。 「ユウちゃん」 「うん?」 顔を上げるとナオにじっとみつめられていてドキッとした。 私は背が低いほうじゃないけど、ナオのほうが15cmぐらい背が高い。 いつのまにこんなに背が高くなったのかな。 私はナオの顔をそっと見上げる。 あまり見たことないような真剣な顔。あらためて見るとちょっと……かっこいいかも。いや、かなり? ていうか、結構近い。目、閉じたらキスされちゃいそう。 え? 私、なに考えてるんだろう。そんなんじゃ全然ないのに、でも……。 頭の中でそんなことをごちゃごちゃ考えていると、顔が熱くなってくるような気がした。 私、いま顔赤いかも。どうしよう、意識してると思われちゃう。 ナオ、なんか話してよ。あ、私が話せばいいか。なに話そう。えっとぉ……。 すると突然、ナオが私の手を握った。 「へ?」 予想外の展開に、私は変な声が出てしまった……。 ナオはにっこりと微笑んで言った。 「帰ろっか。送ってくよ」 「……送ってく? 家、隣じゃん」 「うん。隣まで送ってく」 ナオは私の手を握ったまま歩き出した。 子どものころはいつもこんなふうに手をつないで歩いてたよね。 ナオが芸能界みたいなところで上手くやっていけるのかどうかは私にはわからないけど、ナオのことずっと応援してる……。がんばってね、ナオ。 ナオの横顔をそっと見上げると、それに気づいてナオも私の顔を見てそっと微笑んだ。 なにか話そうかと思ったけど、別にいいやと思ってそのまま歩いた。 冷たい風の中にちょっとだけ春の匂いがした。 小説 index HOME written by nano 2008/08/21 |